ブログが書けない

ブログが書けないのだ。

ブログを始めてみようと決心してから、二週間は経ったはずだ。簡単なことだと思っていた。もっと思いつきでポンポンできるものだとばかり思っていたが、そうでもなかった。まずはじめに「ブログを始める」とはどういうことか考えてみたい。一応ぼくはこの記事を書いているわけだから、ブログを始められた人間として書く権利があるだろう。*1

 

 

 

 ブログを始めるとはなにか

「ブログを始める」には大まかに三つの手順がある。開設、設定、執筆だ。ブログサービスに登録し、ブログを「開設」。ブログのタイトルなどを「設定」。最初の記事を「執筆」することである。まず、「登録」だ。これをしないとなにも始まらない。

 

どのサービスをつかえばいいのかわからない

 始めてみようにも、ブログのサービスの事情なんて知ったことじゃない。こういうときは、Googleで「ブログ 比較」と検索すればよいと論語にも書いてある。そうすると、「ブログを比較するブログ」にたどり着く。そこでは、10以上のブログサービスが、広告掲載、容量、編集方法などなどで比較され、わかりやすく表にまとめられていた。親切なことだ。しかし、ここでもう、面倒くさくなった。なぜかというと、どのブログのサービスにもどんぐりの背比べレベルの差異があるだけなのだ。比較もクソもない。(これは言い過ぎか)

 もちろん「落ちこぼれ」のような、時代錯誤感のあるサービスを展開していると思われるものもあった。しかしながら、ブログとして必要な機能を備えたものがほとんどで、実用上どれを選んでも変わらないだろうといった感じだった。実際、ブログというものにこちらが要求する程度が低いこともある。たとえば、記事のアップロード可能容量が1TBあっても仕方がないのだ。テキストブログには1GBで十分だろう。数字上1000倍(1024倍か)の差があったとしても、こちらとしてはどちらかを選ぶ理由にはならない。とはいえ、各サービスが独自に展開している細々としたサービスを文章で説明されても、困ってしまう。芸能人の利用者が多いですとか、どうでもええねん。どれか一つ適当に選べばよかったのだろうが、持ち前の愚かさ故、その場では選ばず、判断を一週間ほど無意味に寝かせてみた。ただ寝かせてみた。そのあと結局、このはてなブログを選んだ。理由は「これを使ってるブログをよく目にするから」である。多分。なんとなく選んだというのも正しい。明らかなのは、決定に合理性はないということだ。ぼくにとって、ブログサービスは意外にも低関与商材だったのだ。

 

名付けの苦悩

 とりあえず、ブログの開設に成功した。ここまでくれば後は簡単だ。次にするべきは「設定」であるが、これはしなくてもよい。ツイッターなどのSNSで簡単に情報発信ができる世の中に、デザインだのなんだので手間取ってしまうような、お手軽さのないブログが生き残れるはずもなかった。ブログのURLとタイトルだけ決めてハイ終わり。ハイ終わりではない。これがなかなか決められないのだ。特に前者、ブログのURLは一度決めたら後から設定し直すことが出来ない。*2後戻りができないとなると尻込みするのが人間の性である。うじうじしてしまう。しかしながら、僕は、判断を先送りすることの愚かさを、「開設」の段階で学んでいる。*3故に、うじうじせずに、適当に、ぽんぽんと決めた。URLなんて、誰が気にするだろうか。このURLの由来については、フロンティアな読者の憶測に委ねたい。ブログのタイトルはいずれ変えるつもりでいる。先送りである。

記事をかけ

 さあここまでやってきた。ついに「記事の執筆」である。初めて*4のブログ記事だ。いいものを書きたいではないか。

 とは言っても、「いいブログ」とは何か。そもそも、ぼくは一般人のブログなんてネットのゴミだと思っているフシがある。たとえば、Googleの検索結果が、SEOに必死になったせいで可読性の低下したクソブログで埋め尽くされたときには、めまいがする。これは知の敗北だ。許せない。もちろん、一般人のブログの内容の信頼性の低さなどはいうまでもない。言うまでもないが、批判的に情報を摂取するのは当たり前のことである。如何なるメディアを媒介しても、結局は個人の能力に依存する面がある。それゆえ、わざわざ指摘する必要はないだろう。ただしSEOは許せない。Googleの経営理念は「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」*5である。極めて大量の情報が存在する時代であるから、当然ゴミは予め排除される必要がある。大量に存在するが故に、一つ一つファクトチェックしろというのは、一企業には無理な話だ。*6そのために存在するのが検索エンジンアルゴリズムである。それを騙し、抗い、世間にゴミ情報をばらまこうとする営みこそSEOの実像である。紛うことなき悪だ。死ねばいいのに。みんなの義憤でSEOを殺そう!そのためにインターネットで仲間を集めよう。じゃあwebサイトを作って、googleでの検索順位を上げるためにSEOを……おっと話がずれた。なにを言っているんだ俺は。

 なにがいいたいのかというと(前述のSEOの件とは全く関係なく)個人的なこだわりとして、良質なものを作りたかったということである。

 とはいえぼくが持つ有益な情報などあるのだろうか。そもそもなぜブログを始めようとしたのか思い出してみる。結論を抽象的にいえば、ぼくそのものを体系化したかったからだ。ぼくはツイッターが大好きだ。某ネット掲示板の実況板のような「リアル感」と、漠然と情報を「置ける感」の両立。コテハンとは比べ物にならないほど「個人」としての存在があるが、現実の自分とは少し距離のある感じ。ツイッターのこういうところが大好きだ。専ら友人とのコミュニケーションに使ってしかいないけど。しかしながら、その手軽さのおかげで情報は散り散りになり、意味をうしなう。すぐさまキップルになってしまう。これはあまりにさびしい。この面を補いたいがためにブログを始めたかったのだ。ツイッターの延長なのだ。すなわち、情報の信頼性は必ずしも必要ではない。もちろん悪意持ってガセ情報を流したり、SEOをするつもりであるというわけではない。ぼくがしたいことは情報汚染テロではないからだ。すなわち、ぼく自身の思考を忠実に、分かりやすく表現することさえできれば、良質であるといえる。エッセイである。これが社会に有益でないことは疑う余地もないが。

 さて、良質性の定義が定まった。次は題材であるが、これも別段心配に及ばないだろう。ぼくのブログはツイッターの延長線上にあるものなのである。文字通りツイッターの先を書くだけでよいはずだ。そうか、普段のように、出生と労働の愚かさ、物理学、大森靖子やおっぱいの話、あるいは浪人生活や読書の話をすればよいのか。早速……「書けない!!!!」 書けない!!!

書けない!!

 書けなかった。前述の通り、ツイッターでは日常的に、なにからなにまで、ありとあらゆるどうでもいいことを語ってきた。極端に私的な話題や日常の些事から社会の問題にたいする義憤、抽象的な理性の話まで、思ったことを何の制限もなく書いてきたつもりであった。なぜブログとなると筆が進まないのか。書く話題はあった。さらに、文章を書くことに関しては、ブログとツイッターは本質的に性質を異とするものではない。言い換えれば、ツイッターは字数制限のあるブログのようなものだ。そう、ただ文字数制限を除いて同質なのだ。ご存知の通り、ツイッターでは、一つの投稿は2バイト文字140個以内に収まらなくてはならない。この制限のおかげで、情報がよりカオスに散らばり、価値を失っていると書いた。これは情報整理と体系化の文脈上では短所であるようだが、どうも「表現する」という段に於いてはかなり大きなアドバンテージになっているらしい。これは、想像に難いものではないかも知れなかった。実際、ぼくが「ブログを書けない」現象に陥ったのは、体系化の難しさに直面したことが一因である。「あること」を書く前にその「あること」において哲学が貫かれなければならない。それ故、その哲学を予め定め、普遍的な言葉で説明しなくてはならない。自分の言葉が誤解されるのは辛いことだ。誤解を解くのは得意なことではないし。対話とはゲームである。ゲームのルールは、その厳密さを求められる文脈では、全プレーヤーで共有される必要がある。それならば、基礎を求めることになるが、我思う故に我あり、から始めればいいのだろうか。それは流石に無理な話だ。敢えて懐疑を抑制するにしても、用語の堂々めぐりがつづくことは明らかだった。万物は流転するのだ。では、確かなこととは何か。

 

疑いようのないことは唯一つ「ブログが書けないこと」

ということでブログが書けない話をブログに書いてみた。記念すべき最初の記事である。あらゆる会話について、一般に、話し始めと話し終わるときがもっとも難しい。特に話し始めが、意識的な物が必要になることから、難しいだろう思われる。ブログも同じだろう。ところでこの記事は良質だっただろうか。まあいいや。一記事書いてしまえば楽になるはずだ。そう、信じたい。

*1:この記事の執筆すら頓挫したら笑えるが、記事が公開されていればセーフ。公開されていなければ笑われることはない。完璧だ。

*2:一から作り直すことはできる。

*3:心理学は嫌いだが役に立つ。

*4:実はブログを書くことは初めてではないが、黒歴史なのでなかったことになっている。このブログもどうせ

*5:https://www.google.co.jp/about/

*6:例の中くらいの大国のアレは一つ一つチェックしていた時代もあったらしい。ちなみにこの情報はファクトチェックされていません。